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保護者の責任

保護者の責任

「死ぬまでわからなかった」

「死亡後、保護者が独自に友人に聞き込み、調査」

「学校の管理能力の問題」

「学校が適切に対応すれば死ぬことはなかった」


違う。

増え続けるいじめの原因は、親の無関心にある。

これはいじめられる側の親だけの問題ではない。いじめる側の問題でもある。

誰もが子供の生活に無関心なのだ。

子供がいじめても、それに気づき、咎める親がいない。

子供がいじめられても、それに気づき、助ける親がいない。

今や彼らは自由であり、孤独である。

話はそれるが、大阪ミナミの非認可ホストクラブは、ホストも客も多くが未成年であるという。


学校がいじめの実態を見逃したり隠蔽したりすることは、当然悪い。

それは子供たちにとっての「社会」の管理者として、あってはならない行為である。

しかしそれ以上に、「社会」に死の責任をとらせるかのような、保護者の姿勢が許せない。

死んでから調べたって、遅いのだ。

その事実を当人の口から聞けなかった、気づけなかったことに、彼らは何も感じないのだろうか。


連日報道される保護者の姿を見るたびに、納得できない気持ちが起こる。

まるで彼らが、死人を盾に裁判費用を請求しているかのように見えてしまうのだ。


自殺を選ぶ子供にとって最も不幸なことは、誰よりも身近であるべき親ですら、自我を支える助けにならなかったということである。


確かに子供に相談させるのは難しい。

彼らは周囲に心配させないように、どこまでも自分で抱え込もうとするからだ。

しかしそれでも、親には子供に死を選ばせないための最大の努力をする責務がある。


そういったことをACは日々CMで伝えているわけだけど、果たしてどれほどの人間に伝わっているんだろう。


そして気になるのが、いつもいじめの主犯グループが見えないところ。

裁判を起こすのであれば、まずはそのグループを相手取ってやるべきだろう。

クラス全員がそうであったというなら、クラス全員を訴えろ。悪質だというなら、その悪質な行為の実行者を訴えろ。

裁判に勝てないからという本末転倒な理由で、実行犯を罰さずに都合のいい相手に全ての責任を取らせようとするから、いつまでもこういったことが起こるのだ。

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